見出し画像

舞台を客席から眺める。


今日も、漫画制作の話です。

これは僕にとって、とても大きな発見だったので忘れないうちに書いておきたい。

いつもマンガを描くときに編集をしていくれている佐渡島さんから、マンガで大事なことは
「伝えたい感情から描くこと」
と本当に何十回も言われてきた。

そう言われて、それを表現するにはどうすればいいだろうか?

僕は「当事者としての気持ちを再現する」ことだと思っていた。

だから、キャラクターの感情が伝わるように描くことが必要だと思っていた。
キャラクターがどういう状況だったら、自分が感じた感情を感じるだろうか、と考えていた。

だけども昨日、佐渡島さんとの連載用のコッペくん第2話のネームについての電話で、
「第一話を読んだあとってどんな気持ちになってて、二話目ではどういう気持ちになりたいかな?おれは、またほっこりしたいんじゃないかと思うよ」
という意見をもらった。

その時にハッとした、この場合の「伝えたい感情」とはこちらが持っている感情をわかってもらうことではなくて、「感じてもらいたい感情」のことだったのだ。

少し前に僕は、「キャラクターが感じている感情と読者に起きる感情は違う」ということを気がついていたのに、なぜかそう思いこんでいた。

料理で例えるなら、目の前にある食材をどう料理しようか?と悩んでいたのだが、
「レストランに来てくれた人にどういう感情になってほしいか」
その感情になってもらうにはどんな照明で、座席の配置で、接客をし、味を提供するべきか?で考えるべきだった。

こう書いてみると、当たり前のことなのに、今まで全くズレた認識を持っていた。

念の為もう一つ例えるなら、マンガを演劇だとする。
僕は今まで、舞台に上がる役者になっていた。
役者の役の感情を知ろうとしていたのだ。役者の気持ちも、客に白けさせないためにはとても大事なのだけれど、客席で誰よりも深く舞台を眺めて「あの気持ち」になってもらえるように役者に演技を指導する監督になることも重要だったのだ。

父親を殺した息子がどう感じるか?
だけではなくて、
父親を殺した息子を見て観客はどう感じるか?
も問題なのだった。

これがスッキリとしたことで、
脳みそのつっかえが一つ取れたような感覚になった。

自分の感情の観察が創作に欠かせないのは、自分が、見て感じたことをそのまま再現するのに必要だからだ。役者の演技のリアリティとは別のところにも、目的がある。

これを踏まえて、ネームを進めたいと思った。

何の話か、自分でも整理しきれてないけれど、まずはこれまで。

============

10/1 火曜日の日記

朝は奥さんの作ってくれた肉まんとかぼちゃのケーキを食べる。
副都心線内でnoteを書く。
昼はコッペくん第2話のネームを書く。
おふくちゃんのカラー化の塗も一話分やる。
上に書いたように佐渡島さんとの電話でスッキリする。カフェでネームの文字だけ描く。
お昼、奥さんの作ってくれたお弁当を食べる。
なぜかからあげと温玉を無性に食べたくなり、それもローソンで買って食べる。

夕方よりクラファンのサイン本を100冊作る。

18時よりラッキーに向かう、半ころにつく。
ファンの方が5人ほどとこしの先生、ふむさん夫妻、往来堂で働いていたときに知り合っためぐちゃんと娘さんが来てくれる。
めぐちゃんの娘さんにコッペくんのぬいぐるみをあげる。この子は同人誌時代からコッペくんを読んでくれていて、未だに「くまちゃん」と呼んでいる。

仕事帰りに来てくれた方、遠くから来てくれたかた、忙しいのに来てくれた方、など、展示を始める前はちょっとめんどくさかったが、こうしてみるともっと楽しんでもらえるように色々計画的に準備すればよかったと感じた。

21時半過ぎに歩いて日暮里まで行き帰る。

帰るとでかいコッペくん人形が布団に寝かしつけられていた。思いの外奥さんが可愛がってくれている。

たくさん差し入れをもらったのでその一つを奥さんと食べる。

深夜、寝る。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

note.user.nickname || note.user.urlname

サポートいただいたお気持ちは、すべて、マンガの材料になる『本』(まんがではなく本)とホラー映画につかわせていただいております。いつもありがとうございます!

コケッ(にわとり)
33
まんが家です。noteはマンガをアーカイブするのにつかっていす。 通販→https://yajima-syoukai.booth.pm/items/695821
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。